桐島かれんの育て方とは?放任主義の母親の生き方や現在を調査【徹子の部屋】

2019年11月29日に放送される【徹子の部屋】に歌手・女優・モデル・経営者としてマルチに活躍している『桐島かれん』サンが登場します!

そして、番組では母親の『桐島洋子』さんについて触れられるようですが桐島かれんさんの育て方について注目が集まっているようです!破天荒な母親として有名なようですが、同じ年代の方はワイドショーなどで耳にしたこともあるのではないでしょうか?

ホントに破天荒すぎて面白いなぁという印象です♪それではそんな桐島かれんサンや母親の桐島洋子さんについて調べてみたいと思います♪

桐島かれんサンの生い立ちについて/徹子の部屋

まずは桐島かれんさんのプロフィールをまとめます!

桐島かれんサンのWiki風プロフィール

名前:桐島 かれん (きりしま かれん)

本名:上島かれん(日本名:渚/洋名:Zoe)

生年月日:1964年8月20日

年齢:55歳

身長:175センチ

出身:神奈川県横浜市

職業:モデル 歌手 タレント 経営者

アメリカ人と日本人の母親のハーフ

~学歴など~

1983年 上智大学に帰国子女枠で入学するも中退

1984年 エスモードジャポンに入学するも中退

1985年 セツ・モードセミナーに入学するも中退

1986年 資生堂のキャンペーンガールとしてモデルデビュー!

1989年「サディスティック・ミカバンド」の再結成/第二期でボーカルデビュー!

桐島かれんサンの生い立ち(経歴など)

桐島かれんサンは日本人の母親「桐島洋子」さんとスコットランド系アメリカ人の父親との間に生まれました。

ちなみに弟さんは写真家の「桐島ローランド」、妹はエッセイストの「桐島ノエル」とみなさんクリエイティブな職業ですね♪

生まれたころに父親は家におらず、生まれて一週間で乳母い預けられていたそうです(;’∀’)当時は桐島洋子さんは仕事に忙しく相手をしてあげられなかったそうですよ…

その後、家族が揃って生活できるようになったのは桐島かれんさんが4歳になってからだったという事です!横浜の中華街にも住んでいたことがあったとか(;^ω^)

日本の公立小学校に通っていた桐島かれんサンは当時「ハーフ」というのが本当にコンプレックスだったそうです。そして家に父親がいないというのも同級生たちからからかわれた理由だったとか。本当にごく普通の家庭に自分がいることを妄想して毎日を過ごされていたと言います。

そして小学校6年生になったある日、超多忙だった母親が1年間休業宣言をしました!

それは「アメリカに移住」するためだったそうです(◎_◎;)

大自然の中で子供たちとじっくり向き合って生活がしたい!という母、洋子さんの希望だったそうです。この話を聞くと根っからの放任主義という事ではなかったのかなぁ?とも思いますよね~。

そして家族でアメリカのニューヨーク州へ!しかし、大都会ではなく田舎のほうだったといいます。現地ではパブリックスクールに通いましたが、町では桐島家以外にほぼアジア人がいない状態だったそうです。

その中でも「人種差別」の壁があったといいます。アメリカは日本より遥かに人種差別が根深いと感じたといいます。

1年経って日本に帰国した桐島かれんサンは「インターナショナルスクール」へ入学。

ここでは自分と同じようなハーフの子や帰国子女の子供たちがたくさん!同じような境遇の人たちがいる環境でとても嬉しかったそうです♪

その後、大学へ進学した桐島かれんサンは20歳でモデルデビューします!そこで大学はあっさり中退されました。それと同時に完璧な自立を果たし親離れしたと言います。

テレビCMや歌手や女優としても活躍し、現在の華々しい経歴を残されてきました(^_-)-☆

桐島かれんの母・桐島洋子さんの経歴

母親の『桐島洋子』さんについてまとめます

1937年7月6日生まれで現在82歳(2019年時点)

東京都出身

桐島洋子さんの祖父もお父さんも三菱財閥の重役だったそうです!そんな家庭に生まれた桐島洋子さんですが3歳の頃に祖父が亡くなりました。そして父親が一家を連れて上海に向かいます、この時は新聞社を経営するためだったそうです!

しかし、その事業がうまくいかず終戦の半年前に帰国し、桐島洋子さんは学校へ通い始めました。

清泉女学院中学→都立駒場高校を卒業し、文芸春秋社(のちの文春)に入社します。

入社したころは雑務ばかりやっていたそうで、そのうち読者から届いた手紙の返信をしていたそうです。返信を押し付けられた洋子さんですがその返信している内容がとても良かったということで20歳の時に編集局へ配属されました。

そうして26歳になった洋子さんは年上のアメリカ人の退役海軍中佐と知り合って恋に落ち妊娠されました!

しかし、当時の文春は妊娠したら退職!という厳しい決まりがあったので会社に隠して出産することにしたそうです。出産の2か月前までダボダボの服を着たりして元気に働いてるアピールをする日々を送り、出産のために腎臓病と嘘をついて長期休暇を取得したそうです(◎_◎;)

文春の決まりも酷いですが、当時の日本なんて男尊女卑で劣悪な環境だったでしょうから…桐島洋子さんは本当に大変な苦労をされたんでしょうね(-_-;)

3人の子供を出産した状況が凄い

1人目は桐島かれんサン!生まれてすぐに乳母(未亡人)に預けたそうです。

2人目は翌年に妊娠されました。またも会社に内緒で出産しようとしますが仕事の関係でどーにも隠せない状況だったそうです。そこで今回は思い切って退社する道を選ばれました!

で、凄いのが「船の上で出産すると費用がかからない」という理由から会社を辞めて1か月間ヨーロッパの旅へ出るという計画をしていたそうです!

そして旅行の終盤、帰国の3日前にやっと陣痛が来ました!

慌てるお医者さんを尻目に、動じることなくすかさず出産!そして帰国して同じ乳母に預けられたそうです(◎_◎;)その時の子供が「桐島ノエル」さんです

人生を変えた強烈な体験(ベトナムにて)

桐島洋子さんは2人目を出産して、仕事がないな~なんて思っていたら付き合っていた退役海軍中佐の男性がベトナム行きの船の船長になぜか任命されました。それに便乗してベトナムへ向かったそうですが、船の中で男性と船のオーナーが喧嘩をしてしまいます。

それが原因でベトナムに滞在することになってしまったそう(◎_◎;)しかし、洋子さんは動じずに友人がやっていたベトナム戦争の従軍記者になってしまいました(;^ω^)

そこでの体験が本当に凄かったらしく、ともに行動していたアメリカ軍兵士が「戦争が終わったら医者になってベトナムに帰ってきて子供たちを救うんだ!」なんて言っていた若い兵士たちが次々と亡くなっていったそうです。

まだ何も楽しいことをしていないような若者たちが亡くなっていくのを見て「サイバーズギルト」…つまり、生き残った者の罪悪感を背負って生きていくようになったそうです。

精一杯人生を生きていかなければならないと心の底に植えつけられたといいます。

そうしてる間に3人目の妊娠が発覚!

日本に帰って産むことになりました、それが3人目の「桐島ローランド」さんという事ですね!

その後は3人のお子さんを養うためにアメリカで仕事をしながら転々と放浪の旅のような生活をしていたと言います。

その時に書いた作品が「淋しいアメリカ人」で昭和43年大宅壮一ノンフィクション賞を受賞!昭和51年に日本へ戻ってから執筆した「聡明な女は料理がうまい」がベストセラーに!その他、色々なエッセイやノンフィクション作品を発表し有名な作家となりました!

桐島洋子さんのかれんさんの育て方の内容とは?

桐島かれんさんは当時を振り返ってこう言っていました

・母親は見事な放任主義だった

・学校の成績に興味なし

・塾に行きたいと言っても「学校の勉強で十分」

・習い事も一切させてくれない

という感じだったそうです(;^ω^)

しかし、母親の洋子さんは一切愚痴を言わない人だったそうです。未婚の母という事実や女手一つで子供3人を育てている苦労、育児と仕事の両立など大変な苦労があったはずなのに愚痴や泣き言、人の悪口など一切聞いたことがないと桐島かれんサンは言っていました。

母親を通して世の中には様々な価値観があり、ものごとを多角的に見ることの大切さを学んだといいます。

桐島かれんさんが20歳くらいの時は偏った見かたで捉えていたことも「あなたの考え方も分かるけど、こういう見方だってあるわよ?」と常に視野を広くすることを促すような意見を与えてくれていたそうです。

放任主義でちゃらんぽらんかと思いきやめちゃくちゃ素敵なお母さんじゃないですかw

こうして立派に育った桐島かれんさんの現在は成り立っているんですね~。

桐島かれんの育て方や放任主義の母・桐島洋子さんのまとめ/徹子の部屋

いかがでしたか?

今回は徹子の部屋に桐島かれんさんが出演するという事で、桐島かれんサンの育て方や母の洋子さんに関してまとめてみました!

桐島洋子さんは現在でもお忙しく活動されているそうですね(;^ω^)番組でも現在の様子が聞けるかもしれないので楽しみです♪

育児で悩んでいる方は桐島家の教育を参考にすると心が軽くなる気がしましたねw破天荒すぎて参考になりにくいとは思いますがwwww

現在は東京・大阪に自身の店舗を経営されている桐島かれんさん!今後の活躍も本当に楽しみですね( *´艸`)

最後までご覧頂きありがとうございました(^^)/

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