田島健夫の経歴が凄い‼セレブ御用達の旅館「天空の森」料金は?「激レアさん」

2019年5月18日の「激レアさんを連れてきた」に田島健夫さんが登場しました!

え?誰?という感じですが、番組でも紹介されているように10年で100万本の竹を切り倒し海外セレブもお忍びで通うような旅館を作り上げてしまった方なのです!

そんな彼が最高の旅館を気付くまでの経緯や場所、評判など調査してみました♪

気になった方は是非ご一緒に見ていきましょう♪

田島健夫さんプロフィール

出典:弁護士法人グレイス 

生年月日:1945年7月

年齢:74歳

出身:鹿児島県

最終学歴:東洋大学卒

74歳の田島さんです高齢者とは思えないオーラが出ていますね!こんなすごい旅館を作り上げた方はエネルギー全開というのがビシビシと伝わってきます笑

現在に至るまでの経歴

田島さんですが、1945年に鹿児島県牧園町妙見温泉の湯治旅館に生まれたそうです。

その後、東洋大学に進学して卒業。

卒業後は銀行員として働いていたそうです、自分には全く向いていない!というのを悟って退職。

ちょうどどの頃の日本では「新婚旅行ブーム」が起きていたそうです。霧島市にも数多くの新婚旅行者が訪れているという事を知った田島さんは、母親が経営していた旅館のすぐ近くにに「懐かしいふるさと」を再現した『忘れの里 雅叙園』を創業しました。

しかし、当時は資金が無く肝心の旅館も古びていたそうで『雅叙園』にお客様がなかなか集まらず…かなり苦しい経営を強いられていたそうです。

その窮地にひらめいたのが「1泊3食付き3500円」という料金設定です!

これは当時近くの発電所の工事に来ていた関係者を呼び寄せるためのものだったそう。

これにより客足は増えたそうですが、無理な要求をされるようになったり挙句の果てにはストリップの出張サービスなんかも呼ばれてしまうような事態になってしまったそうです!

この事態に頭を悩ませた田島さんは心機一転!

「自分の理想の宿を作ろう!」と決心し、1975年に茅葺(かやぶき)屋根の古民家を移築して『忘れの里 雅叙園』をリニューアルオープンさせました!

1994年には竹山を切り開き、2004年に霧島連峰を見渡す丘の上に『天空の森』をオープンされました!

この時、旅館のスタッフと切った竹や木は100万本!

しかもその時に切り出した物は各旅館の建材として利用しているそうです!

田島さん曰く「木材は保存するに値する宝」と言われており、現在でも木材は敷地内で保存管理されているという事らしいです!

切り出した木材なんて一般的には廃棄物として扱われてしまうような物ですが田島さんはそこを活かして土地に還元するという信念が現在の繁盛旅館に繋がっているんでしょうね!

本当に頭が下がります!!

『天空の森』についての情報・動画は次のページへ♪

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