中村哲さん死亡の現場写真や場所や経歴は?何をしにアフガニスタンへ?【訃報】

2019年12月4日(水)に医師の『中村哲』さんがアフガニスタンで銃撃され死亡しました。

ご冥福をお祈りするとともに、なぜアフガニスタンにいたのでしょうか?そして襲撃された現場の写真や状況なども気になります…。

そして中村哲さんがどうゆう人で何をしている方なのか?色々調べてまとめたいと思います。

中村哲医師がアフガニスタンで銃撃された場所は?

速報ニュースでは中村哲医師はアフガニスタンの東部にいたという事でした。

アフガニスタンとパキスタンの国境周辺の町でしょうか?

中東の国境周辺と聞くと危なそうなイメージしか浮かびませんよね…。

中村哲医師が襲われた状況は?

中村哲医師が襲われたのは4日の午前中だそうです。

朝に宿舎を出て20キロ離れた作業現場に向かう途中で銃撃を受けたという事です。

一緒に乗っていたのは中村哲さんの他に運転手やボディーガードの計6名。なんと全員が死亡したという現地メディアの情報が入ってきましたね。

中村哲医師が襲われた現場の状況写真

中村哲医師が襲われた現場の写真がありました!

出典:BB NEWS

死亡原因は明らかになっていませんが、車の窓ガラスには銃弾の跡が多数…。

車に乗ったまま銃で撃たれたという事でしょうね…。

映画のような話で恐ろしすぎます(:_;)

『中村哲医師』とはどんな人?経歴は?

中村哲さんの情報をまとめます

中村哲さんのプロフィール

名前:中村 哲 (なかむら てつ)

生年月日:1946年9月15日

年齢:73歳

出身:福岡県北九州市

職業:医師

学歴:九州大学医学部

中村哲さんは九州大学医学部を卒業後に国内病院で勤務されました。そして1984年にパキスタン北西の「ペシャワール」という町に赴任されます。

ここで20年以上にわたってハンセン病を中心とする医療活動に従事。その後、パキスタン国内では政府の圧力で活動が困難になったとしてそれ以降はアフガニスタンに現地拠点を移して活動を続けられていました!

有名な活動としては、「水があれば多くの病気と帰還難民問題を解決できる」として福岡県の山田堰をモデルにして建設していたガンベリー砂漠まで総延長25キロを超える用水路を完成させたことでしょう!

この用水路のおかげで約10万人が暮らしていける基盤を作られた方です。

2016年には現地の人たちが自分たちで用水路を作れるように学校を準備されていました。住民の要望によってイスラム教の礼拝堂のモスクや教育施設のマドラサなどを建設します。

その功績を称えられ、2018年にアフガニスタンから国家勲章を受賞されました!

本当に惜しい人を亡くしましたね。中村哲さんほどアフガニスタンに貢献した人はいないと思います、中村哲さんを銃撃した犯人の行方はまだわかっていません。しかし、中村哲医師がいなくなったらアフガニスタン東部ではかなりの痛手になるんじゃないかと思いますね…。

本当に悔しい限りです…。

中村哲医師は結婚してる?子供は?

中村哲さんですが、調べてみると結婚されていることがわかりました!

そして子供は5人もいらっしゃるようです。

海外赴任される前には結婚して子供も出来たという事でした。

しかし、あまり情報がなく現在子供たちや奥様が何をしているのか?などまではわかりませんでした。突然の事で悲しんでいるのか?アフガニスタン勤務という事で覚悟はいつもしていたのかわかりませんが居たたまれない気持ちになりますね…。

『ペシャルワール会』や中村哲さんがアフガニスタンでしていた事とは?

今回のニュースでよく出てくる『ペシャルワール会』ですが、いったいどんな会なのか?調べてみると…

『ペシャルワール会』はパキスタンでの医療活動に取り組んでいた中村哲医師を支援するために1983年に結成された非政府組織団体です。

中村哲さんは赴任当初はハンセン病の治療に取り組んでいましたが2000年の大干ばつの時に「赤痢」患者が急増したことをきっかけに清潔な飲料水の確保にもより組むようになりました。その流れで農業事業にも取り組んでいたそうです。

アメリカが行ったアフガニスタンの空爆の際には『アフガンいのちの基金』を設立し、避難民への緊急食糧配布を実施したり、その時の日本からの募金で農業復興事業の『緑の大地計画』なども実行されています。

『ペシャルワール会』の構成は現地職員が300名、約12000人の会員が支えている状況です。

中村哲医師が死亡した現場の写真や経歴などのまとめ

いかがでしたか?

今回は医師の中村哲さんがアフガニスタンで銃撃された事件をまとめてみました。

本当に素晴らしい人を亡くしましたね。アフガニスタンにとっても本当に残念な結果になってしまったと思います。これからのアフガニスタンの農業などの発展にブレーキがかかるのは間違いないのかなぁと個人的には調べていて思ってしまいましたね。

心よりご冥福をお祈りいたします。

最後までご覧頂きありがとうございました。

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